第40回八丈島駅伝大会   
2018/2/25(Sun) 1:30PM 
八高前start 



八丈島駅伝大会の特徴

走友会主催で1967年に始まった大会の歴史

今回で40回目を迎えた八丈島駅伝大会。しかしこの大会は第37回大会となるべき2014年に一旦途絶えてしまいました。それまで主催していた「八丈島走友会」の事情で、継続が困難となったのです。そこで、この大会の存続を望む有志があつまり、八丈島走友会に代わる実行委員会を立ち上げて、2015年に大会を復活させました。復活が決まってからのアナウンス期間は短かったにもかかわらず、復活して最初の第37回大会には合計30ものチームが参加し、この駅伝を多くの方が楽しみにしてくださっていたことを実感しました。

本大会の詳しい歴史は、資料不足で明確ではありません。それでも、悪天候で中止になったのは1回だけだったと伝えられているので、開かれなかった年は、2014年と合わせて2回だけだったようです。そうだとすれば、第40回目が開かれる2018年から41年前の1967年、和暦でいえば昭和42年に第1回大会が開かれたということになります。

昭和42年。ミニスカートが流行し、グループサウンズ全盛の時代だったとか。また東京のテレビ各局がカラーでの本放送を始めた年でもあるそうです。
その3年前の昭和39年は、東京オリンピックが開かれた年ですから、八丈島でもさまざまなスポーツが盛り上がってきた中でこの大会が開かれることになったのかもしれません。

本大会のコースは何回も変更されてきたようです。最初の頃のスタート地点は大賀郷大里の陣屋跡の前。そして2区への中継点は八重根の漁協前にありました。ですから1区の区間距離は今よりずっと短かく、しかも、下り坂のコースなので、ほとんどの選手が短距離走のようなハイペースで走り切り、さほど差がつかないまま多くの走者が中継点に団子状態でなだれ込むという状況だったのです。だからタイム計測は困難を極めたようです。
さらに、この大会の大きな特徴として、女子は1つの区間を2人で走ることができるようにもなっていることでも、集計は複雑になってしまっています。

そのころ、ゴールは八丈高校の校庭の中にありました。当時の校舎は今は取り壊されてしまいましたが、現在のテニスコートのあたりに、都道とは垂直の向きに建っていました。その都道に接する部分にあった昔の正門から校舎前の通路を校舎に沿って100メートルくらい走ったところにゴールのテープが張られていた記憶があります。

そして、まだパソコンなど普及していない時代で、どうにか電卓が出回り始めた頃なので、集計は大変だったはず。そのころのスタッフには八高の先生も多かったので、八丈高校の校舎で、深夜までかかって集計していたらしいです。

したがって集計と成績表作成は大変な労力がかかる作業だったことでしょう。その時のスタッフのご苦労はいかばかりだったかと思われます。でも、ようやくパソコンの先駆けが出始めた昭和55年ころからは、八丈島のパソコンマニアたちが機械力を駆使して集計を手伝うようになったので、集計の苦労だけは解消できたことでしょう。

だれでも気安く参加できる駅伝大会

もとよりランニングはチーム競技ではなく個人でやるスポーツです。どちらかと言えば、自分を体力の限界まで追いつめながら、その苦しさを乗り越える達成感を味わうのが魅力なのでしょう。
とはいえやはり基本的に孤独な競技です。その孤独な競技にチームプレイの楽しみを付加できるのが駅伝の最大の魅力なのではないでしょうか。チームの好成績をめざして責任感、連帯感を共有できる楽しみは、それがどんなに苦しいレースだったとしても、きっとそれを喜びに変える力があるのでしょう。

もともと駅伝は日本で生まれた競技で、80年以上の歴史があるそうです。そして、その人気は今や国内だけでなく外国にも広がっているそうですが、その理由もわかる気がします。

でも、素人のランナーたちにとっては、駅伝に出場できる機会はあまりないのではないでしょうか。正月の国民的行事である箱根駅伝をはじめ、日本では学生や社会人のトップランナーが競い合う機会は少なくありません。けれども、この八丈島にも多い素人のランニング愛好家たちが、各地で行われるロードレースには参加できても、どこかの駅伝に公募で参加したという事例は聞いたことがありません。

この大会には島のランニング愛好家の皆さんだけでなく、普段はほとんど走っていない人も、チーム編成のために勧誘されて、にわかに練習を始めて参加する方々も少なくないようです。あまり鍛えてなくても、無理をしないで走り切れる区間を選べばいいのですから。

前述のように、女子は一つの区間を二人で走れることもこの大会の大きな特徴です。障害を持っている方にはもっと多くの人数での継走も認めたことがあり、また視力障害のかたに伴走者つきで参加していただいたこともあります。前々回まで本大会を運営されていた「八丈島走友会」は、こうしてできる限り、どんな方でも参加できる大会づくりに努力されてきたのです。

「八丈島走友会」は、その名が示す通りランニングを愛好する方々の集まりですが、その組織も、もしかしたら普段はそれぞれでランニングを楽しんでいた方たちが、この駅伝大会をやるために作ったのかもしれません。そして、第36回大会まで、37年の長きにわたって運営されました。「八丈島駅伝大会実行委員会」はその走友会から大会運営のタスキをひきつぎ、八丈島駅伝大会の開催をこれからも長く続けてまいります。



八丈島駅伝大会実行委員会